フォト

駒ケ岳の花々

  • ハクサンチドリ
    2008年7月2日秋田駒ケ岳で出会った花々

野の花

  • Dscf28232
    2013年8月八幡平県民の森付近の道端に咲いていた花です
無料ブログはココログ

« 3月議会報告① 啄木から何を学ぶか | トップページ | 朝宣伝からスタートして »

2011年3月 9日 (水)

3月議会報告~啄木から何を学ぶか②

地図の上 朝鮮国にくろぐろと 墨を塗りつつ秋風を聴く

 木が、「一握の砂」の発刊(1910年・・明治43年)の年に起きた「日韓併合」について、それを憂慮し、「日本の植民地化に苦悶する朝鮮民族の慟哭」(碓田のぼる)に思いを寄せて詠んだ歌です。

  昨年は「一握の砂」100周年であったと同時に「日韓併合」100年だったのです。谷藤市長に対して、この日韓併合についての歴史認識も問いました。


 谷藤市長は、「当時の政治的・歴史的な背景があったとしても、韓国の人々にとりましては大きな痛みを被り、悲しく重い歴史となって今日に至っているものと認識している」と答えました。

 今回、木について改めて勉強し、多くの感動と再発見がありました。
 「時代閉塞の現状」の中にある次の一節もその一つです。「教育とは何か」を論じているのです。

 「ここに一人の青年があって教育家たらむとしているとする。彼は教育とは、時代がそのいっさいの所有を提供して次の時代のためにする犠牲だということを知っている。しかも今日においては教育はただその「今日」に必要なる人物を養成するゆえんにすぎない。そうして彼が教育家としてなしうる仕事は、リーダーの一から五までを一生繰返すか、あるいはその他の学科のどれもごく初歩のところを毎日毎日死ぬまで講義するだけの事である。もしそれ以外の事をなさむとすれば、彼はもう教育界にいることができないのである。」

 この教育論からも、現代は多くを学ばなければならないのではないかと強く思いました

« 3月議会報告① 啄木から何を学ぶか | トップページ | 朝宣伝からスタートして »

議会の報告」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 3月議会報告~啄木から何を学ぶか②:

« 3月議会報告① 啄木から何を学ぶか | トップページ | 朝宣伝からスタートして »