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2011年3月22日 (火)

津波研究家山下文男さん、盛岡市に

 3月20日、知人から分けてもらった貴重なガソリンを使って市の中心地まで行ってきた。3月17日付の岩手日報紙で、「津波研究者 九死に一生」と報じられた山下文男さんにお会いしてきた。 (写真下・・・岩手日報記事の切り抜き) 

P1050168

 山下文男さんは大船渡市三陸町の出身で、元日本共産党幹部会委員。文化部長をしていた。当時から、少年時代に経験した昭和三陸津波をはじめ、津波被害について研究し、著書も多数、民間研究者の第一人者でもある。
 陸前高田市の県立高田病院に入院中に被災した。4階に入院中だった。窓際から津波を観察しようとしていた時、その津波は4階まで駆け上がり、カーテンにしがみついて助かったという。その後東和病院に移送され、夫人とともに盛岡市に避難してきた。
 
 お世話していた宮脇善雄氏(元日本共産党中央委員・岩手県委員長)からの要請で、今後の盛岡市での生活のための支援を行うためである。山下さんと直接お会いしたのはかなり前で、記憶は定かではないが、国政選挙の際に岩手に応援に来ていただいた時のように思う。
 ご夫婦とも高齢(87歳)であるため、盛岡市に住居を移されるということだ。転入・市民登録、介護保険の利用など、役所との窓口としての様々な支援が必要だとのことで、お手伝いすることにしてきた。

 山下さんが、無事であったことは2重3重に貴重だ。山下さんをして「今回の津波は想像を超えていた」と言わしめた今回の津波被害。この被害から何をくみ取り、何を教訓にして今後の対策につなげるのか。山下さんの役割は大きい。

 テレビ朝日系で、27日日曜日午前中の番組に、山下さんのインタビューが流されるということであった。

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