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2011年5月 3日 (火)

登米市の避難所から仙台空港へ

 仙台空港近くの会社で被災した次男が、連休前半に帰省。事情で3日には戻らなければならないことから、車をなくした息子を仙台まで送りながら、途中、郷里の登米市米山町の避難所2か所に避難している南三陸町の被災者を、登米市の市議会議員をしている兄(庄子喜一)と一緒に見舞ってきました。

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 登米市米山町の2か所に避難している方は、合わせて80人。旧善王寺小体育館の避難所の代表の方は、カキ、ホタテ、ウニなどの養殖漁業が壊滅的被害を受けたとのこと。また、妹さんの嫁ぎ先の家族が犠牲になったということでした。
 南三陸町では、高台に逃げていた方が、前からくる津波を警戒していたところ、後ろから波が来たと言うことでした。前を流れている川沿いに来る津波よりも、その高台の後ろ側のせまい澤を伝って来た津波が、より早く、より高くやってきたために多くの犠牲者が出たというお話でした。この避難所が2か所目ということでした。お疲れの様子で、様々な不便がる中、現時点で最も切実な問題が「お風呂」だとのこと。一日も早い、仮設住宅の整備が求められていることを実感してきました。

 登米市から三陸道~仙台東部道路を経由して仙台空港に向かいましたが、東部道路のすぐまで津波の被害跡が生々しく、仙台市若林区~名取市閖上地区の被災状況が車窓から見てとれる状況でした。
 今回初めて息子から、「孤立状況から助かって、5時間かけて歩いて寮に戻った」という話を聞かされましたが、改めて「大変な思いをしたんだな」という思いと、それでも、命が助かったことのありがたさを改めて思わされました。

 帰ってきて、3日の夜は自治会の4役会議。役員体制が変わる中で、今年の自主防災隊の役割分担や事業計画・防災訓練の内容などについて話し合いました。

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