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2011年5月17日 (火)

陸前高田市の組合員訪問

 5月13日、盛岡医療生協の被災地組合員訪問・安否確認に参加しました。見前東支部などから6人が参加し2組に分かれて午前8時に盛岡を出発。午前10時過ぎに陸前高田市に到着し、午後2時過ぎまで、私の組は10人の組合員のお宅を訪問しました。

 今回訪問した地域は、陸前高田市矢作地区で、海岸から7㎞以上離れたところからの出発でしたが、すぐそこまで津波が押し寄せた痕跡が生々しい状態で、「こんなところまで津波が来たのか」と驚かされる状態でした。


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 訪問した10人の組合員さんのうち、ご本人とご家族にお会いできたのは9人。津波が来なかったとはいえ、それぞれの組合員さんが、つらい思いをしていました。
 83歳の一人暮らしの女性の組合員さんは、海岸沿いの親戚3軒が津波で流され、妹さんが亡くなったとのこと。医療生協・川久保病院で白内障の手術をしたこと話してくれました。魚の行商をしている方は、最近建てたばかりの娘さんの自宅が流されてしまった。幸い娘さんも孫も助かったが、孫が気仙沼高校に入学するのに、通学の足がなくなってしまい、何とか高校に頼んで、寄宿舎に入れてもらったという人も。そのお宅のすぐ側に、休耕田に植えた菜の花が見事に咲いて、ほっとさせる風景でした。


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 また、震災の影響で持病の薬を手に入れるのに苦労したというかた。また、臨時診療所まで通うのに、行きはバスだが帰りは1時間半歩いてきた、という78歳の1人暮らしの女性の方もいました。
 どちらでも、「盛岡の医療生協から、お見舞いに来ました」と、支援物資の(お米、衛生用品など)をお届けすると「よく来てくれた」と歓迎され、それぞれの思いを話して下さいました。

 訪問を終えてから、被災の激しい市役所付近に行ってきましたが、前回訪問した時から1か月経過していたにもかかわらず、また、懸命の作業にも関わらず、あまり風景は変わっていないこと、1か月前にはなかった、海水の浸水が市役所前まで来ていたことに驚きました。地盤沈下のせいなのかと思ってきました。


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 訪問の最初に、陸前高田市議の藤倉泰治さんにお会いしてきましたが、ちょうどその日、自治体問題研究所の岡田知弘理事長(京都大学教授)をお迎えして、これからの街づくりについて、研究していただくとのこと。街の復興は、本当に、困難な、長い道のりになるとつくづく思って帰ってきました。 
 

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