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2011年9月

2011年9月29日 (木)

宮古市訪問②~宮古市議団と懇談

 (つづき) 宮古市内に戻って、宮古地区委員会につくと、日本共産党のボランティアの方々が、泥だしの作業に出発するところでした。

Dsc059121  日本共産党は、「住民の苦難を軽減する」ことが党を作った目的です。その精神で全国から被災地への支援が入っています。事務所内に入ると、沖縄、東京、岡山などからの激励の寄せ書きがありました。
P10607111  宮古市の復興計画は、8月に基本計画案が示され、パブリックコメントを経て9月までにまとめ、来年の3月までには実施(実行)計画が策定される計画とのことでした。様々な課題が浮き彫りになってきているとの事です。

 街の再建をどう図るか、漁業、商工業の再建をどう図るか・・・いづれにしても「未曾有の災害」に対応した「国家的なプロジェクト」として取り組むことが求められているということです。

 宮古市議団との懇談で特に注目したのは、宮古市議会が、独自に調査研究してTeigen 9月16日、「東日本大震災からの復興に向けた提言」をまとめ市に提言したことです。4月に臨時議会を開催して「特別委員会」(委員長 田中尚市議)を設置し、宮古市が9月までに「基本計画」をまとめるに当たってそれに間に合うようにと出した提言ということです。

 各常任委員会ごとに所管事項についてそれぞれ調査、関係団体や住民との懇談・意見交換を精力的に行い、取りまとめて特別委員会でさらにそれを精査してまとめた「提言」は、全体で11ページにわたって、「全体計画」および「地域別計画」にまとめられています。

 宮古市議会では、すでに「議会基本条例」を制定して議会の役割を果たすための取組みが行われています。当局の出した議案を審査するというだけでなく、議会が議会として政策提言を行う・・・この取組みが今回の「提言」につながっているいうことでした。

 懇談では、そのほか、宮古市における復興についての様々な現状と課題を聞くことができ、大変有意義な時間となりました。 

2011年9月28日 (水)

川久保病院まつりでオカリナ演奏

 9月25日、秋晴れのなか「川久保病院まつり」が行われ、私も中央舞台の「飛び入り」でオカリナを3曲演奏させていただきました。
 子ども達の姿が多く見受けられたので、最初の曲は「さんぽ」(「となりのトトロ」より)。客席の子ども達が一緒に歌ってくれました。続いて「津軽平野」。2曲で終わりの予定でしたが、「エーデルワイス」をおまけにしました。音響もよく、いつものような指の間違いもなく、気持ちよく演奏することができました。

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 病院まつりでは、病院の公開や、健康チェックなどとともに、「原発学習会」、「医療講話」などが行われました。また病院の職員や、周辺の各支部(仙北、津志田、見前西、見前東、河東)などが、それぞれ出店を出すなど、たくさんの人が参加して終日にぎわいました。

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 中央舞台では、二胡の演奏、アルパの演奏や、ベリーダンス(川久保病院の「メディカルフィットネス LaLa」で活動しているサークル)、各支部の出し物や踊りが披露されました。

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2011年9月25日 (日)

6ヶ月ぶりに宮古市へ、田老地区へ

 9月24日、宮古市を訪問しました。目的は、共産党の宮古市議団との懇談で、復興に取り組む宮古市の現状と課題、宮古市議会の復興対策への取組みをお聞きすることにありました。
 この機会にと、3月30日にお邪魔した田老地区の状況を見たいと早めに宮古入りし、まっすぐ田老の崎尾市議宅を訪ねました。さすがに、当時の瓦礫は片付いていました。所々に見える赤く枯れた杉の木立が目に付きました。津波の海水に浸かって枯れたのです。

P10606791_2  崎尾さんの自動車整備工場を見ると「3月28日から営業再開」と書いてありました。お聞きしたら息子さんががんばって再開した」ということでした。P10606801  アポなしでしたが、崎尾市議にお会いする事ができ、「これからグリンピアの仮設に日曜版を届けに行く」というのでそれについて行き、「グリンピアの下の海岸で、津波が37~8メートルの高さで襲ってきた痕跡がある」というので案内していただきました。
P10606941  上の写真の、岩肌と林の境目が津波の痕跡です。湾のすぐ入り口です。決して「駆け上がってきた」というよりは、「その高さで湾に入ってきた」という状況でした。私が写真を撮ったところは、この湾を見下ろす道路上です。この場所で監視していた消防団員の方が、その津波でさらわれたということでした。その場所に立って、今度の津波の巨大さ、恐ろしさを実感する事ができました。

 田老地区の市街地に戻り、万里の長城とも言われた田老地区の防潮堤の内外をみると、さすがに、被災当時の瓦礫はほとんどなくなっていました。建物の土台が続く一面を見ると、どこかの遺跡を見ているようでした。

P10607061  これからが本当の復興に向けた厳しい・長い闘いが始まるのだなという思いをしながら、宮古市内の共産党宮古地区委員会に向かいました。(つづく)

三本柳ポンプゲートが稼動・・・台風15号の大雨で

 9月21日の台風15号の影響による岩手県内の大雨で、三本柳ポンプゲートが稼動しました。

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 私達にとっては、幸いして、台風の進路がそれて直撃は免れたものの、長い時間の降雨によって北上川上流の四十四田ダムへの流入量は過去3番目を記録し、盛岡市内の北上川の水位も一部で警戒水位から非難水位を記録しました。三本柳の鴨助堰のゲートでも、21日の午後11時半ころには、3メートルに迫る状況でした。
Dsc058761  ゲートポンプは、北上川の水位上昇の際、鴨助堰への逆流を防ぐためゲートを閉じて、そのゲートに取りつけられたポンプを稼動して内水を排出する設備です。4年前の秋雨前線の停滞による大雨の際に、当地区で発生した浸水被害(床上、床下浸水合わせて 約40世帯。田畑への冠水被害)を受けて設置工事が行われ、昨年4月に完成していました。

 この日の台風に備えて、午後に開催された総務常任委員会終了後、帰宅。浸水被害が懸念される数箇所を、1時間おきに見回りながら浸水被害等への対策のため待機していましたが、午後10時過ぎに台風が福島県沖へ抜けたことを確認してホッとしました。

 今度の台風では、岩手県内でも二戸市でお1人が犠牲になりました。全国の被害者に心からお見舞いを申し上げます。

敬老会

 9月19日は「敬老の日」でした。恒例の三本柳南町内会の敬老会が同日市内湯沢の都南老人福祉センターで開催されました。当日は40人の高齢者が参加し、長寿を祝いました。
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 オープニングでは、見前中学校の吹奏楽部のメンバーが、「365歩のマーチ」「ありがとう(ゲゲゲの女房主題曲)」「津軽海峡冬景色」「涙そうそう」「上を向いて歩こう」・・など演歌や懐かしい曲を演奏してくれました。とても素敵な演奏でした。

 記念写真撮影・・乾杯と続き、アトラクションではわが見前ニュータウンの花みずきの会のお二人が踊りを披露。

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 途中で、私の歌(憧れのハワイ航路)に合わせて、自治会長の斎藤俊雄さんがマドロスを踊り、時間稼ぎに私のオカリナも披露させていただきました。
 カラオケが続き、最後に、盛岡マジシャンクラブ会長でもある、荒川芳郎さんがマジックを披露してくれ、会場を沸かせてくれました。

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2011年9月21日 (水)

海嘯(つなみ)鎮魂の詩・・・いよいよCD発売に

 5月30日のブログで紹介した、Jポップ・バンド「サスライメーカー」の曲 「海嘯(つなみ)鎮魂の詩」のCDがいよいよ発売となりました。
 全国発売は12月とのことですが、9月17日に、滝沢村のチャグチャグホールで開催されたライブで、先行発売となりました。

 5月にも紹介しましたが、宮古市田老生まれて、昭和の大津波、と今度の震災と2度経験した田畑ヨシさんの詩に曲をつけたこの歌は、まさに「被災者への鎮魂」にふさわしい作品となっています。


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 この日のライブでも、田畑ヨシさんがご自身が作られた紙芝居を上演。84歳とは思えないしっかりした語りで、津波の恐ろしさと「テンデンこ」に逃げることの大切さを伝えました。


P10606621  サスライメーカーのライブは今回で2回目でしたが、前回よりもメッセージ性の強い曲を演奏してくれているように感じました。もちろん「海嘯(つなみ)鎮魂の詩」は素晴らしい演奏でした。震災支援の活動を通じて、この若者達も、この数ヶ月で大きく成長していることを実感させてくれるライブでした。

 このCDがたくさん売れるように願っています。

2011年9月20日 (火)

盛岡支援センター、川井キャンプを訪問・視察

 9月16日、「もりおか復興支援センター」と「盛岡市災害ボランティアセンター・かわいキャンプ」を視察しました。
 急きょのお願いにもかかわらず、両センターとも快く応対していただきました。

 盛岡復興支援センターは、市役所の向かいにある農林中金ビルに開設しています。盛岡市内に避難して生活している方々に対する各種の支援を行う拠点施設として7月11日にオープン。

P10606081  1階は、盛岡市に居住している被災者(避難・移住)の交流と相談窓口、被災者への情報提供を行うスペース。相談・交流や、囲碁、紡ぎサロンなどの開催を通じて被災者の方々の交流をはかる事業などを行っています。
P10606091  2階には、支援物資の展示と無料提供コーナーがあるほか、復興推進広報の発行や、被災者リフレッシュ事業、チャリティー公演誘致事業などを行う業務スペースとなっています。
 この間の被災者との相談では、盛岡の地域になじめないでいることや、心のケアが必要になっていることがあり、カウンセリング協会の研修を受けながら相談に乗っているとのことでした。また、失業保険も切れ始めているかたもおり、生活への不安もあるという事でした。

P10606341  「かわいキャンプ」は、全国の災害ボランティアの方々を受け入れて、宿泊とボランティアの受け入れを行う被災地との連絡調整を行う拠点施設です。7月6日の開設以来、9月15日までの利用者は、2,791名。

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この日は30人が宿泊の予定で、宮古、大槌、山田方面に瓦礫撤去や、サロンへの支援などに出かけているとの事でした。
 交流ノートには、こんな一文も「九州大分からフェリーで神戸へ、阪神高速→名神→北陸→東北自動車道を乗りついできました。車の走行距離1166㎞。・・・同じ日本人として何かお役に立たねばと思いやってきました・・・」ご夫婦で2日間のボランティアに参加した方です。

 また、「ボランティアしたいが・・と思いながら探したら「かわいキャンプ」にであってやってきた」という方もいました。
 
 全国からおいでになった方、そしてこの施設を運営している盛岡市社会福祉協議会の皆さん、スタッフの皆さんに心から『ありがとう』『ご苦労様』とのメッセージを送ります。

復興を願って・・盛岡秋祭り

 9月15日、盛岡秋祭りの「盛岡山車大絵巻パレード」に参加しました。今年の盛岡秋祭りには、7台の山車が出演し、14日から16日まで市内に繰り出しました。

P10605561  15日の「大絵巻」パレードは、その7台の山車が、夕方6時から市内大通りをそろってパレードをするもので、通称「夜のパレード」とも言われるもの。

 出発式で、実行委員長は「3月11日の大震災で今年の祭りの開催をどうするか考えた。この盛岡秋祭りは300年の歴史をもち、飢饉のときも、戦争のときも、その時々の願い・祈りを込めて山車を奉納してきた。復興を祈念するまつりにしよう開催す売ることにした・・」とあいさつしました。
 初日には、宮古市の消防団がパレードの先頭に立つなど、文字通り復興への願いを込めた祭りになりました。

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 私も、このパレードに参加しました。

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2011年9月13日 (火)

共産党市議団が民家から高い放射線量を測定・・・・放射能対策強化を申し入れ

 9月13日、日本共産党盛岡市議団は谷藤市長に対して「放射能汚染から市民の健康被害を防ぐための対策強化に関する申し入れ」を行いました。

 申し入れには、庄子と高橋和夫議員が参加。市は千葉放射能対策部長(環境部長)、細川事務局長らが応対しました。

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 日本共産党盛岡市議会議員団の、7月29日及び8月17日の申し入れに応えて盛岡市が市内小中学校及び児童施設等での放射線量の測定調査を順次行い、少なくない箇所から国の基準値を超えた放射線量を検出して除染作業を行っています。

 さらに、日本共産党盛岡市議会議員団が市民からの要請にもとづいて、民家における放射線量の測定を渋民地内、高松地内の数箇所で実施した結果、渋民地内民家の雨どいの下からは、高い放射線量(地表5cmで 1.24μSV/h  同50cmで 1.28μSV/h  同100㎝で 1.24μSV/h 年間線料率で6.52mSV) を検出しました。

 この結果を踏まえて、申し入れでは、① 盛岡市が現在実施している全小中学校、児童施設等での測定調査を早急に行うとともに、さらに測定箇所を増やし、児童公園、通学路など子ども達が集まる場所での測定を行うこと。② 民家における放射線量の測定と、必要な除染対策について盛岡市として対応すること。とりわけ、学校施設等での測定で高い値を検出した周辺地域における対策を急いで実施すること。また、市民の要望にもとづいて測定・除染を行う体制を整えること。③ 以上のことについては、県としても実施するよう岩手県に要望することを求めるとともに、共産党市議団の測定で高い値を示した渋民地内の民家については、市が再調査を行い、その結果にもとづいて適切な対応を行っていただくよう要請しました。

 千葉放射能対策部長は、①民家の調査については、明日にでも数箇所を調査したい ②学校等の調査はスピードアップを図るために努力している ③公園などでも測定していきたい ④民間・民家などでの測定についても、今後検討したい・・・などと応えました。

斉藤信県議5選・・激戦を勝ち抜く~一関でも勝利し念願の複数議席

 9月11日投開票で行われた、岩手県議会議員選挙で、斉藤信県議が6位で当選。定数10に、16人の立候補という激戦・混戦を勝ち抜きました。斉藤信さんおめでとう!
 今回、一関選挙区で、高田一郎さんが前回の200票差で涙を飲んだ雪辱を見事に晴らして第3位で当選(定数5)。岩手県で初めて日本共産党の複数の県議が誕生しました。本当に、本当にうれしい結果です。 
 それにしても、長い長い戦いでした。盛岡市議選の5人当選という勝利に続いて、県議選でも勝利し、長い長い、そして震災という厳しい条件の中での選挙戦の有終の美を飾ることが出来ました。

 震災で延期された地方選。この日投票となった、陸前高田市で3人、釜石市で2人、山田町で1人も全員当選。
 「住民の苦難軽減」という立党の精神で震災復興に取り組む、日本共産党への有権者の期待が寄せられた結果です。

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  有権者のこの期待に応えて、新たな戦いが始まりまた。

2011年9月 1日 (木)

斉藤信県議と党市議団が、放射線量詳細調査実施を岩手県に申し入れ

 8月31日、共産党の斉藤県議と盛岡市議団が達曽知事に対して、「放射能汚染から子どもと県民の健康を守る対策を」の申し入れを行いました。申し入れには斉藤信県議、髙橋和夫市議と私、庄子が参加し、県は宮舘副知事が応対しました。

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 この申し入れは、盛岡市が行った測定結果(8月31日のブログ記事参照)などを踏まえて緊急に行ったものです。
 盛岡市が8月25~28日に行った測定結果で、ホットスポットで地上5cmで基準を超えたところは6施設あり、市ではその全てで除染を行うこととしていますが、県の補助基準では、地上5cmで基準値を超えても、小学校では50cm、中学校では1mの地点で超えていなければ、除染の対象にはなっていません。
 また、盛岡市では民間立も含めて市が調査する方針ですが、県の方針は設置者が行うことにしています。

 今回の申し入れでは、県の補助基準を見直し、民間立も含めて全て市町村が測定して必要な対策を取ることなどを求めたものです。
 そのほか、食品・コメの検査体制の充実を求めました。

 宮舘副知事は、申し入れの内容はよく検討する、と答えました。
 

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