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2011年12月13日 (火)

「津波てんでんこ」の山下文男さん逝く

 12月13日、議会からかえって、自治会役員会に出席。帰宅してテレビのニュースで山下文男さんが亡くなったことを知った。今日の午前0時34分、入院中の遠山病院で亡くなったということだ。87才。
 山下さんは「津波研究家」として知られている。3月11日、陸前髙田市の県立髙田病院に入院中4階の病室で津波に襲われ、カーテンを体に巻きつけて「九死に一生」を得て、盛岡に避難してこられた。
 その後、入退院を繰り返していたが、ついに帰らぬ人となった。

 私がお会いしたのは3月20日のことだった。大船渡市の住まいも津波でやられ、盛岡市に住民票も移すことになり、さまざまなお世話をするための相談だった。罹災証明の申請、盛岡市で介護保険サービスを受ける手続きのことなどなど・・・。

 最後にお会いしたのは、8月の市議選の告示直前のことだった。「必ず勝て!」と陣中見舞いをいただいた。
 最後にお声をお聞きしたのは、市議選が終わって直後だ。自宅に電話が入り「当選のお祝いに本を贈呈しよう」とおっしゃってくださった。引き続く県議選の準備のため、その本をいただきにお邪魔しかねていたところ、牛山靖男さんを介して届けてくださった。

 本のタイトルは「津波てんでんこ」。2008年1月25日に初版が発行され、東日本大震災を経て6月20日に「第6刷」を発行したものだ。1896年の「明治三陸津波」から、1993年の「北海道南西沖地震津波」まで、近代日本の津波の記録がまとめられている。それぞれの津波のことがよくわかる。しかも、実に生々しく。

 この本の「あとがき」で、山下さんは「津波てんでんこ」という言葉について語っている。

 「新聞などをみると、三陸海岸には『津波てんでんこ』という言葉が昔からあったかのように書いている。どうでもいいようなものだが、本当のことをいうとこれは正確ではない」「自分でいうのも恐縮だが・・・」とことわりながら、1990年、第一回『全国沿岸市町村津波サミット』でおこなった山下さんの講演がきっかけとなって生まれた言葉だということだ。

 「津波てんでんこ」・・・意味を深く理解し、伝えてゆかなければならない言葉だ。

 山下文男さんお疲れさまでした。ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。

 

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