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2012年1月23日 (月)

継続は力なり。日本初の洋式病院、乳児院なども

 大分市内では「日本で最初」というものにいくつか出会いました。府内城跡公園のすぐ近くの神社の前には「継続は力」の石碑です。石碑は、大分で夜間中学(旧制)を開設した平松守彦氏(元大分県知事・平松守彦氏の父親)の教え子が建立したもの。

 大正13年に開設した夜間中学には百数十人が入学したものの卒業時には30名になっていたなか、平松折次は継続することの困難を実感しながら「継続は力」を校訓にしたとのことです。碑文の中では、評論家の草柳大三氏が「継続は力なり」の言葉の創始者が平松氏だということを形成5年の著書で明らかにしたことなども紹介されていました。自らの教訓にしていきたいと改めて思わされました。

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 瀧廉太郎像があった遊歩公園の入り口にあったのが聖フランシスコザビエル像でした。P10706341
 日本に初めてキリスト教を紹介したザビエルが大分に来て布教活動をしたのは1551年。ザビエルは、キリスト教とともに西洋文化を持ち込み、大分では、日本で初めての「西洋劇」が演じられたほか、日本で初めての「西洋式病院」「育児院」が開設されたとのこと。それえぞれにちなんだ像がありました。
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