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2012年9月 5日 (水)

宮沢賢治の思想を活かして「みんなの本当の幸せを」 ~ 民医連の共同組織交流会で三上満氏が講演

 9月2日、花巻温泉で開かれた全日本民医連共同組織活動交流集会全体集会に参加しました。(集会は3日まで)
 会場の花巻市は、宮沢賢治を生んだまち。集会のスローガンは「雨ニモマケズ、震災ニマケナイ、誰もが安心して住み続けられるまちづくりを」というものでした。

 三上満氏の、「震災に生きる宮沢賢治の世界観」と題しての記念講演は期待通りでした。なんとか時間をとってこの全体会に参加したいと思ったのは、この三上さんの講演にありました。

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震災後見直される人間や社会のあり方に未来を示している宮沢賢治

 三上さんは、「大震災後宮沢賢治の考え方や生き方が見直されているのではないか」と述べ、人間の社会が、このまま効率優先の経済活動を優先する社会でいいのか、人間が生きている自然や環境とどう調和して生きていくのか、社会が弱肉強食、成績主義や自己責任論が横行して、強よきものがのさばり、原発に電気を頼ることで果たして人類に未来があるのか・・・・・これまでの社会のあり方でいのかとの問い直しが行われているなか、宮沢賢治~38歳の短い生涯の中で様々な困難・病気と闘いながら生き抜いた、その生き様やその理想や思想~は未来を考えていく手がかりになっていくのではないか・・と話を進めました。

田野畑村の二つの駅

 震災の街と宮沢賢治との関わりの中で三上氏は田野畑村を紹介しました。田野畑村に2つある駅に「カルボナード 島越駅」(グズコーブドリの伝記に出てくる火山) 「カンパネルラ田野畑」(銀河鉄道の夜から)と、ニックネームをつけ、駅名の由来に「カンパネルラは弱いものを助けて強いものに立ち向かった勇気ある少年です」と記されていることを紹介しました。

困難に立ち向かおうとしている被災地の人たちに響くメッセージ

 三上氏は、「僕あんな大きな闇の中だってこわくない。きっとみんなの本当の幸いを探しに行く。僕たちどこまでもどこまでも一緒に進んでいこう・・」(銀河鉄道の夜からジョバンニの言葉)

 「かなしみはちからに、欲(ほり)はいつくしみに いかりは智慧にみちびかるべし」(賢治の生涯で最高の親友だった保阪嘉内に宛てた手紙の添え書き)・・などの宮沢賢治の珠玉のような言葉を紹介しながら、震災からの復興への応援のメッセージを伝えてくれました。


人間は自然の大きな循環の中で生かされている


 そして、3・11の震災をうけて、いまこそ社会のあり方や人間の生き方が問われているとのべ、賢治が東北砕石工場から依頼されて「タンカル」(石灰石を原料にした石灰肥料~炭酸カルシウム・・・貝殻などが原料)を酸性土壌の改良の為に開発と製造・普及にとり組んだことを紹介し、人間が自然の大きな循環の中で生かされていることも紹介しました。原発がそれに背くことではないかと指摘しました。

雨ニモマケズ」の「行って」の思思想と人間の二つの特性


 三上氏は、賢治の有名な「雨ニモマケズ・・」が、昭和恐慌のなか、「欠食児童」「娘身売り」という2つの言葉がキーワードとなるような時代に、自らは病床の中で書かれたものであることを紹介しつつ、「行きたい。しかし、行きたいけど行けない」という気持ちが、(・・・・に・・・・の人があれば に続く)「行って」という言葉に込められている、と紹介。震災に直面して、民医連が、そして多くの人が「行って」を実践したのではないかとのべました。

 そして、大震災は人間の持っている本来の二つの特性を明らかにした~人間は自己責任だとか競争だとかをを原理にしている生き物ではない、排他的になったり弱いものを蹴落としたりを喜びにするような、そんな浅ましい生き物ではない~ それは、人間は立ち向かい挑み困難に負けないものである 「自己責任」で済まされるものではなく、支えあって生きるものであり、手を差し伸べ合って、愛しあって生きるものだということを証明した。と述べました。

命を慈しむ賢治の文学・・その思いを受け継いで

 最後に三上氏は、賢治の文学は「命を慈しむ」文学だ、と述べ、「種山ヶ原」のし詩の一節を紹介しながら、「自然のありとあらゆるものに存在する意義が有り人間もその循環の中の一つであり、人間はそういうものに囲まれながら命をつないでいる。それを考えたときに、環境や地球の大循環のなかに乱暴に分け入って、本来自然がやりもしないようなこと・・例えば原子核を無理やり壊して宇宙が閉じ込めた莫大なえなるギー無理やり引っ張り出し、本来ありもしない物質をバラまき、その処理の方法もないまま再生産を続ける・・こんなあり方は賢治の世界とは全く違うものだと指摘しました。

 また、「虔十公園林」や「セロひきのゴーシュ」などの作品エキスを紹介しながらこの世のありとあらゆるものに値打ちがある、どんな人間にもダメなものはいない。という人間感や、憲法9条につながる平和感などを紹介し、賢治の思いを受け継いで行こうと 講演を結びました。

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コメント

初めまして。医療生協埼玉かすかべ生協診療所地区の組合員です。埼玉からは13人が花巻に参加しました。三上先生の講演がすばらしく、9/3午後のオプショナルツァーも宮沢賢治でしたが、先生のガイドで、とても贅沢なひとときを過ごすことができ、また花巻に行ってみたいと思っています。さて、10月には診療所の健康まつりが開催されますが、地区から参加した2人に、花巻の報告をして欲しいと依頼されました。
感動ばかりで、具体的にどうしようかと検索していて、市議さんのブログに行き着きました。
他にも何人かブログに書いていますが、これほど詳しくまとめられたものはありません。誠に厚かましいお願いですが、この文章を拝借して、プリントしてまつりの参加者にお渡ししたいのですが、よろしいでしょうか?お伺いいたします。

関口様 コメントありがとうございます。
三上先生のお話はなんとしても聞きたい、そんな思いで参加しました。
期待通りでした。自分に言い聞かせるつもりで、先生のお話を記憶に残したい、そんな思いで綴ったものです。このようなものでよかったなら、どうぞお使いください。

庄子様
ご厚意ありがとうございます。
9/15は「ピースフォーラム」(原水禁世界大会広島に参加された人たちの報告会)が本部ふれあい会館でありました。そこで、花巻にご一緒した友人とまた顔を合わせたわけですが、二人同時にまた花巻に行ってみたいということでした。宮沢賢治がよかったのか、三上先生がよかったのか、花巻、岩手がよかったのか、たぶんそれらぜ~んぶだと思います。
話しはかわりますが、友人が盛岡におりまして、末盛千恵子さんの「3・11絵本プロジェクト」をお手伝いしています。6月頃でしたか地域のTVに出演したというので、ネットで見てみました。とてもていねいないい活動をしています。ではお元気でご活躍されますように・・。

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