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2012年10月11日 (木)

本田 敏秋 遠野市長から、東日本大震災の後方支援を聞く

 10月9日、市議会東日本大震災復興対策特別委員会が遠野市を視察し、東日本大震災における遠野市の後方支援について、陣頭指揮に当たった本田敏秋市長から約1時間40分にわたってじっくりお話をお聞きしました。
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 行政視察において、市長自らが説明するということは異例のことです。しかし、市長だからこそ聞くことができた、という感想です。本当によくわかりました。感動しました。


 

 遠野市は、昨年の被災直後から被災地への支援活動では、被災翌日午前4時半にまず第一陣の被災地へ支援物資を満載し消防職員を釜石市に派遣、翌13日には専従職員5人を配置して「沿岸被災地後方支援室」を立ち上げました。そして、運動公園を直ちに解放し、自衛隊等の活動拠点として受け入れを行ったほか、全国からの救援活動の活動拠点として大きな役割を果たしました。そのスピード・内容とも岩手県内はもとより全国的にもきわめてすぐれた教訓的な実践をしました。当時、マスコミなどでも、この取組との比較で、盛岡市の活動へ批判的な記事もありました。

 今回、遠野市にお邪魔し本田市長のお話をお聞きして、そのような取り組みができた背景には、すでに大震災の4年前、「地震・津波災害における後方拠点施設整備」に関する提案書をまとめていたこと、それに基づく訓練が行われていたことなどがあったことがよくわかりました。その提案では、①遠野市が沿岸と内陸の中間点にあり、内陸の盛岡市、花巻市、北上市、および沿岸各自治体とと国道各線で結ばれていること、②半径50㎞の円内に宮古市、山田町、大槌町、釜石市、大船渡市、陸前高田市、盛岡市、奥州市まで包括し、防災ヘリコプターで15分という地点にあること、などの地の利を生かした後方拠点を遠野市に置き、そこで果たす機能(支援機関の結集と展開、指令本部機能、物資支援の収集仕わけ、救急医療本部・・)、設置する施設(臨時ヘリポート、後方支援棟、備蓄倉庫・・・・)などを明らかにした提案をしていました。

 本田市長は、この提案をまとめて自衛隊に示した際、「本田さん本気か?」「本来は市が提案するのではなく県や国の仕事ではないか」と言わたエピソードも紹介しました。その提案を基にした、岩手県および自衛隊等の訓練が実施されていたということです。

 今回、遠野市がいち早く、適切な支援が行われた背景は、このような来たるべき地震津波災害への備えがあったということにあるのです。一朝一夕に、思い付きで行ったのではなかったということです。深い感銘を受けました。

 また本田市長は、実際の復興支援に取り組むにあたって、国の制度上などで様々な制約が、支援の足かせになったことなども紹介し(たとえば、緊急に燃料の輸送が必要なのに、自衛隊ヘリにそれを要請する権限が市長にはないこと、当初遠野市内に仮設住宅を建設しようとすると、国の交付金対象ではないと足踏みさせられたこと・・・)、復興支援にあたっての国と自治体との役割や法制度上の検証の必要性についても話されました。


 遠野市の「後方拠点施設整備」に関する提案は、「30年以内に確実に起きる宮城県沖の巨大地震」にどう備えるか・が出発点だったということです。

県の幹部職員としての行政経験があったとはいえ、本田市長のその発想と、それをものにしてきた、自治体の首長としての思いが随所にあふれるような説明でした。

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