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2016年10月28日 (金)

会派視察報告③ SOS子どもの村福岡

  日本共産党盛岡市議団の会派視察の3日目、10月19日には、福岡市にある、「SOS子どもの村福岡」を視察しました。運営する「特定非営利活動法人SOS子どもの村JAPAN」常務理事の坂本雅子さんが説明して下さいました。
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 SOS子どもの村福岡の概要
~育親(里親)とともに子どもたちが暮らす5つの「家族の家」とセンターハウス

 SOS子どもの村福岡は、2010年6月に開設した「世界一小さい村」(HPより)です。
 親の病気や経済的理由、虐待や育児放棄などさまざまな理由で家族と暮らせない子どもたちが、「育親(里親)」と「兄弟(異年齢の他の子ども)」とともに、「家族の家」で家族として暮らしています。家族の家は5軒(5棟)あり、その他「センターハウス」を持ち「村」として運営されています。

▼家族の家~育親(里親)と3~5人の子どもたちが一軒の家で生活し、育親と子どもたちの家庭は、それぞれが独立して生活し、子どもたちはその家から地域の幼稚園や学校に通い、子ども会や地域の諸行事(お祭り等)に参加して、社会の中で育っています。
 5人の育親は、公募によって専任。現在は元保育士4人と元小児科看護師1人が育親となっています。

▼センターハウスには、全体の運営にあたる村長とセンタースタッフ2人、家事・育児、勉強やPTA行事、地域と行事への参加などサポートし、施設の管理などを担当する「ファミリーアシスタント」6人、福岡市から受託している、子ども家庭支援センター「子どもの村福岡」の3人が常駐しています。
 その他、子どもの家を支える専門家チームが結成され、7人の専門家(ソーシャルワーカー、臨床心理士、小児科医2人、精神科医、保健師、音楽療法士)が定期的に訪れ、子どもたちのケアに携わっています。
 センターハウスには、子どもたちの心のケアを行うためのカウンセリングルーム、プレイルルームや実親さんと子どもたちの交流、宿泊ができる家族の部屋などの機能も備えています。
 また、地域の子どもや家族が利用できる子育て相談・健康相談、里親さん・里子さん支援のための相談事業や研修事業も行っています。
 たまごホールでは、子育てサロンや読み聞かせ、ときには地域の皆さんを招待してミニコンサートなども開催しています。

 「家庭」で育つことは、子どもの権利~福岡市の取り組みと経済人の思いが合流

 SOS子どもの村福岡ができるにあたっては、福岡市が取り組んだ里親普及事業と、福岡市内の実業家の思いが合流したこと、経済界や小児科の医師会の支援がありました。

新しい絆プロジェクト:ファミリーシップふくおか
・・市民フォーラム重ね、里親6・9%から43%(里親+養子縁組)

 
2005年から本格的に始まった福岡市の「里親普及事業」。当初児童相談所に1人の担当者を配置していましたが、なかな進みませんでした。そこで、「こどもNPOセンター福岡」に業務を委託。NPO側は「地域説明会は自分で考えて実施することができるならば(役所の枠内ではなく)」ということで受託し、児童相談所と共同で、「新しい絆プロジェクト」~「ファミリーシップふくおか」の事業をスタートさせました。
NPOと児童相談所が共同で事務局を担当し、市民フォーラム・出前講座などを行う、市民ネットワーク型の実行委員会をつくりました。実行委員長には、福岡大学医学部長(小児科医)などを歴任された満留昭久氏でした。

大規模養護施設から家庭絵的環境での養育(里親)へ!
サポートがあれば里親は増える

 日本の社会的擁護の必要な児童が保護される場は、大規模な養護施設・乳児院などが主で、里親などの家庭的環境で暮らすのは、欧米などの70~90%台と比較して、12%(2010年前後)と極端に少ない現状です。この現状について、実行委員長を引き受けた満留氏は「日本は変わらないと思っていたが、このプロジェクトで変わるかもしれない」と実行委員長を引き受けたとのことです。

 市民フォーラム「新しい絆」は、年2回開催され、基調講演、児童相談所が語る子どもたちの現状、里親が語る「里親体験」など、感動を共有する内容に心がけて、市民に「私たちにできること」を登録していただく・・・・というように開催してきました。
 こうした取り組みの中で、この事業が始まった当時の福岡市の里親率 6・9%から、平成28年度では33.3%になり、里親に加え養子縁組まで合わせると43%にまでになっています。(全国は16.5%)

 この取り組みの中で、我が国では里親制度への理解が進まず、課題を持った子どもたちへの充分な支援が得られず、地域でも孤立するなど、里親の苦労が大きい中、専門家によるサポートや地域の支援があれば里親は増えることが明らかになった、ということです。

福岡の実業家が温めていた「SOS子どもの村」を日本に!の思いとの出会い

 SOS子どもの村福岡のルーツは、1949年第二次世界大戦後のオーストリアで始まった「SOS子どもの村」です。大戦で家・家族を失った孤児を「子どもたちがそれぞれの家庭を持たない限り問題は解決しない」と、小児科医のヘルマン・グマイナーが作ったのが始めでした。今日では135か国・地域に広がり「SOSキンダードルフ(子どもの村)インターナショナル」は子どもに関する世界最大規模の国際NGOとして活動しています。

「SOS子どもの村」のスローガンは「すべての子どもに愛ある家庭を」。4つの原則(①マザー:実の親に代わって育む親 ②兄弟姉妹:異年齢の子どもたち~兄弟姉妹の絆の中で育つ ③家:いつでも安心して帰ることのできる家 ④村:社会に繋がり、地域の一部として生活する)の下に、運営され、国連子どもの権利条約の精神に則って活動し、子どもの諸権利の実現のため活動しています。SOS は、Save Our Souls の頭文字で「魂の救済」という意味ということですが、いわゆる救難信号のSOSにも通じるということでした。
 
そのSOS子どもの村を日本にも、と夢を温めていたのが、福岡市の菓子店の社長(千鳥饅頭総本舗)原田光博氏でした。原田氏は、若いころ修行していたドイツで、子どもの村を知り、「ぜひ日本にも」との考えを温め、機会あるごとにその思いを経済界はじめ周辺で語っていたということです。福岡市の「新しい絆プロジェクト」に携わる方々との出会いが、SOS子どもの村福岡設立のきっかけになったとのことです。

地域の理解を得る努力、実業界・小児科医などのバックアップ

 SOS子どもの家福岡設立にあたっては、建設地を決める段階で、地域の理解と協力を得るのに苦労したとのことです。最初に候補地となった地域では、自治会の役員理解は得られたものの、反対の声が大きく断念。2番目は地域の理解を得たが市街化調整区域でダメ。福岡市に相談し、ゴミの埋め立て地を造成した市有地1000坪を貸与することとなって建設場所が決まり、粘り強い地域への説明をして理解を広げて建設場所が決まったということでした。
 さらに、建設資金及び運営費のねん出には、地元の経済界、小児科医師などのバックアップがあり、1000人を超える個人、200を超える企業・法人などの支援が支えているということでした。

福岡市からの受託事業・・・子ども家庭支援センター

 子どもの村では、福岡市からの受託事業として「こども家庭支援センター」を開設しています。土日などの休日・夜間の相談窓口です。2014年度の実績は、実相談家族実数171家族からのべ990の相談に当たったとのことでした。相談内容は「暴力・暴言」「不登校」「対人関係」「発達の問題」「精神的問題」などで、子育てに悩む家族へのサポートをしています。

子どもの心理・親の心に寄り添って支援する

 お話の中では、家族と過ごすことのできない、社会的養護を必要としている子どもや、その母親などの家族の特徴に応じた支援が必要だということが語られました。
 子どもには、①生みの親がおり、親の愛情の記憶がある一方、虐待やネグレクトの記憶や別れの記憶など、実親とのつらい記憶をもっていること ②親との別れ、様々なものを失う体験をしていること。愛着と喪失を体験し、自分の状況について説明を受けていないことが多く、自分が悪いからこうなったと思い込んでいることが多く、未来に対して不確定を思っていることなどです。
 こうした子どもたちに対して、大事なことは、愛着の再形成・安心安全のくらしが必要で、生い立ちを知ることが大事だということです。
子どもの村では、子どもたちのアルバム作りを、生まれた病院や、預けられた施設、その他の子どもが生まれ育ってきた周辺からその子に関する写真を集めてアルバム作りをしているとのこと。アルバムを見ることによって自分の育ちを知ることが、その後の成長に大きな役割を果たしているということでした。

一方、生みの親の方は、①病気(特に精神的な)、経済的困難、DV・離婚などパートナーとの関係、親族との不和など、様々な困難の中で子どもを育てていた ②社会的養護は知られていない苦しい体験であること。子どもを育てる能力を奪われ、子どもに対する罪悪感を持っている ③生みの親自身が生育環境につらい経験を持っていることもある ④援助を求めることができにくく、支援者を信じることが難しい・・・などがるということです。
こうした、子どもや生みの親の特徴を知り、その心に寄り添って支援しているということ。大変参考になりました。

深刻な子どもの貧困・・家族と離れて暮らす 46000人の子どもたち
家庭的な環境で支援~一滴の水がつくる波紋が日本中に

 子どもの貧困率16.5%、親の病気や貧困、虐待や育児放棄などで、生まれた親のもとで暮らせない子どもたちが全国で46000人。
社会的養護の必要な子どもたちをどう支援すればいいのか。
日本では、家族と暮らせない子どもたちの約85%が、施設(乳児院・児童養護施設)で育てられており、家庭での養護を主流とする欧米諸国と大きな違いとなっており、国連からも改善の勧告が出されています。
こうした世界の流れの中、2011年7月の厚生労働省「社会的養護の課題と将来像」によって、家庭養護推進へと進む新しい流れが示されました。また、同年3月「家族を基本とした家庭は、子どもの成長、福祉及び保護にとって自然な環境である。」として、社会的養護を必要とする子どもについて「里親委託を優先して検討するべきである」という「里親委託優先の原則」を打ち出しました。

施設での養育から、家庭的な環境での養育へ。しかしながら、まだ緒に就いたばかりという段階だということです。

説明の最後に、坂本さんは、初代理事長の故満留昭久氏の言葉を紹介しました。
「私たちの目指すものは、『すべての子どもに愛ある家庭を』だ」「私たちの活動は、我が国の社会的養護という海では、一滴の水にすぎないかもしれません。しかしこの一滴のつくる波紋が、ここ福岡から日本中に広がっていくことを確信しています。

SOS子どもの村は、福岡に続き、仙台でも設立されたということです。
どの子どもも「健やかに成長する権利を持っている」(子どもの権利条約)。それを保障するうえで、社会的養育をどうするのか大きな課題です。SOS子どもの村の取り組みは、基本理念、実践とも今後の日本におけるモデルの一つであり。まさに「一滴の水」ではありますが、大きな波紋となって広がるという確信を持つ視察でした。

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