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2016年11月

2016年11月28日 (月)

原発再稼働STOP! 全国交流集会 ① 記念講演を聴く

 12月27日(日)「原発再稼働STOP!どうする核のごみ!全国交流集会 in岩手」が開催され、午後の部から参加、講演と討論を聴きました。

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 岩手県には、原発や関連施設はありません。原発等の非立地地域で開く初めての交流集会ですが、岩手県が高レベル放射性物質最終処分場の候補地になっていることもあって開催されたということです。
 
 講演は、東京工業大学名誉教授の今田高俊氏。「高レベル放射性廃棄物の最終処問題をめぐる日本学術会議の『回答』と『提言』について」講演しました。
 今田名誉教授は、原子力委員会からの要請を受けて設置した日本学術会議の検討委員会の委員長をされた方です。
 使用済み核燃料の「再処理」後の高レベル放射性廃棄物の最終処分地(政府の方針~ガラス固化したうえで地下300メートルに埋める「地層処分」)が何も決まらない状況の下、ガラス固化体で2万7千本分にもたまった高レベル放射性物質の存在を現実的にどう取り組むか・・学術的な検討を加え、提言したということです

社会的合意形成についての3つの困難

 回答では、まず「なぜ、最終処分地が決まらないのか」に関して、●エネルギー政策・原子力政策における社会的合意の欠如のまま、高レベル放射性廃棄物の最終処分地選定への合意形成を求めるというのは本末転倒だ。・・・原発をどうするのかがまず先だ、ということか●超長期間(万年、10万年単位)にわたる放射性物質による汚染発生可能性への対処の必要性があること。万年~10万年単位で、言語や文化の変化が起こること ●最終処分地として、過疎地域があげられ、「受益圏」と「受苦圏」の分離を生む問題・・の3つの困難を指摘しています。

6つの提言と具体的政策提言

 こうした困難を踏まえて、社会的合意形成に当たって 6つの提言(①政策の抜本的みなし ②科学的・技術的能力の限界の認識と科学的自律性の確保 ③暫定保管および総量管理を柱とした政策枠組みの再構築 ④負担の公平に関する説得力のある政策決定手続きの必要性(世代間・地域間) ⑤討論の場の設定による段階的合意形成の手続き ⑥問題解決へ長期的な粘り強い取り組みが必要であるとへの認識)を提言したとのことです。つまり、後先考えずにまず原発を動かし続けてあとから最終処分を考えるという政策を転換し、高レベル放射性廃棄物の総量の上限をどうするのか(いつまで続けるのか・・)をまず考えるべきだ。「安全神話」にとらわれず、政府や原発ムラなどから自律した専門家で検討すべきだということです。
 具体的には、
●現在ある高レベル放射性廃棄物については、「暫定保管」(乾式で密閉機能を持つ容器等による地上保管)が望ましいこと、暫定期間は50年(容器の耐用限度)とし、その間に最終処分のための合意形成と立地候補地選定する
●暫定保管・最終処分候補地の選定等に当たって、立地候補地とともに圏域(近隣自治体)の意向を十分反映する。
●将来世代への責任ある行動をとるべきだとして、将来世代への責任を真摯に反省し、原子力発電の再稼働の判断には、あたらに発生する高レベル放射性廃棄物の暫定保管に関する計画策定を条件とすべき・・・
 などが提言されたということでした。

 現に、高レベル放射性廃棄物が大量に存在する下で、その処分の社会的合意形成を図る現実的な対応をまとめたものと言えるものですが、少なくとも、この提言の趣旨から見ても、今の安倍内閣の「原発再稼働」路線の転換が、前提になるという提言であると理解しました。


 

新しい宣伝カー

 11月27日、共産党盛岡地区委員会が更新した新しい宣伝カーのお披露目街頭演説を行いました。
 まず試運転。都南の津志田ユニバース前で、私がマイクをもち始めて音を出しました。
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 南スーダンへの駆けつけ警護を付与した自衛隊の派遣を強行した安倍政権の暴走を厳しく批判し、野党共闘と市民の共闘で安倍政権を打倒しようと呼びかけた、日本共産党の第27回党大会決議案などを紹介しました。

 その後、市内東大通亀が池前で、吉田恭子衆議院岩手一区予定候補、斉藤信県議とともに訴えました。
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 吉田恭子候補は、原発再稼働を許さない決意を、斉藤信県議は、東日本大震災被災者への医療費・介護保険利用料の免除措置が延長になることに加え、8月の台風災害被災者にも適用されるという画期的な成果を報告。野党共闘と共産党の躍進で安倍世間打倒を!と力を込めて訴えました。

 この新しい宣伝カー購入に当たっては、党盛岡地区委員会が党内外に募金を呼びかけ、多数の方からの個人募金約が約600万円寄せられました。車両・音響及び、設備ともに吟味してたもので、音響もベリーグッドなものです。

2016年11月15日 (火)

岩泉で「復興支援無料市」

 11月13日(日)、8月30日の台風10号で甚大な被害をうけた岩泉町で、共産党盛岡地区委員会と同宮古地区委員会が、同町小本地区で「小本地区復興支援無料市」を開催し、参加しました。
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盛岡・平泉などから、野菜・お米、布団・防寒具など
120人の被災者が参加


 盛岡地区委員会が呼びかけて協力をいただいた、布団、防寒着、食器類、その他の日用品、募金で購入した、米・野菜セットを準備し、被災者の皆様に提供しました。盛岡地区委員会のほか、平泉町からも野菜その他の支援物資が届けられました。
 無料市には120人ほどの被災者の方が訪れ、
思い思いの品物を選んでいただきました。防寒着・布団(こたつ布団)などが好評だったように思います。

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山津波の恐ろしさ、手入れしる山は崩れなかった
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 お昼のお弁当をいただきながらの懇談では、地元の女性の方のお話が特に印象に残りました。
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「台風被害から2か月半だが、平常心に戻ったのはようやく半月前。グループホームで亡くなった方のことを思うと本当におころが痛む。今回の台風被害は『山津波』だった。1~2tもの岩が音を立ててぶつかり合う、恐ろしいものだった」と、当時の事をお話されましたが、
 合わせて、今後の防災に関するとても貴重なお話をお聞きしました。「同じ台風による大雨でも、山の管理をしっかりしていたところと、そうでなかったところでは大きな違いがあった。自分の山もしっかり手入れしていて山津波は起きなかった。手が入らず山の管理ができていないところで大きな災害が起きた」と、山を守る(林業)が災害を防ぐうえでも大事なことだということを指摘していました。
 また、排水設備の整備でも、「自分のところは『ボックスカルバート』でしっかりと整備して被害がなかったが、『ヒューム管』を入れただけの設備でも差が出た。(断面の小さい)ヒューム管では流木などがすぐにつまり水があふれた」ということを指摘していました。今後の災害、特に土砂災害への備えということで大事なお話でした。


被害の生々しい爪痕 一日も早い復興を

 台風被害から2カ月半。盛岡から岩泉に向かう道々、生々しい爪痕がありました。

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 帰り道では、最近「仮オープン」をした「道の駅 いわいずみ」に立ち寄ってきましたが、レストラン部分は手がつかずの文字通りの仮オープンでした。

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 そのすぐ隣には、被災した「岩泉乳業」も。「岩泉ヨーグルト」のファンとして一日も早い復活をと願ってきました。

2016年11月14日 (月)

「五日市憲法」起草者、千葉卓三郎の故郷を訪ねて

  11月12日(土)、平和憲法・9条を守る都南の会が、「五日市憲法」の起草者、千葉卓三郎のふるさと、宮城県栗原市志波姫を訪ねました。
 志波姫支所の「千葉卓三郎顕彰碑」の前で、地元の元小学校教師で歴史研究家である、鈴木徳明氏から解説をいただきました。
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 「五日市憲法草案」の正式名称は「日本帝国憲法」。自由民権運動の中、全国各地で作られた50近くに及ぶ民間憲法草案の一つです。1881年(明治14年)に起草されました。 世に発表されずに眠ったままにいたこの草案が、1968年に東京都西多摩郡五日市町(現あきる野市)で、東京経済大学の色川大吉教授と学生たちによって発見されたことから「五日市憲法」と呼ばれているということです。
 明治初期(1881年・明治14年)に、まとめられたというこの憲法草案。204条からなるこの憲法草案には、今日の日本国憲法に通じる「「基本的人権」「教育の自由の保障」「法の下の平等」「地方自治」などが高らかに謳われています。

 この憲法草案の起草者が、仙台藩士の子として現在の栗原市志波姫で生まれた千葉卓三郎です。五日市の地で学校の教員をしながら自由民権運動に参加していた千葉卓三郎が、参加していた「五日市学芸懇談会」で地域の青年たちと、60数回の議論を経てまとめあげたということです。

 千葉卓三郎の生誕地である栗原市志波姫支所には、その五日市憲法とその起草者である千葉卓三郎を顕彰する記念碑があります。

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記念碑は、志波姫のほか、この草案が作成され・発見された、五日市(あきる野市)、卓三郎の墓がある仙台市の資福寺にほぼ同じ時期に建立されているとのことです。記念碑には3カ所とも、五日市憲法草案なかから6つの条文が抜粋されて刻まれています。
(写真をクリックすると大きくなります)
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その条文の内容を含めて詳しく解説いただき、その先駆的内容改めて感動を覚えました。

※6つの条文
・・・
 45条 
日本国民ハ各自の自由ヲ達ス可シ 他ヨリ妨害ス可ラス且国法之ヲ保護ス可シ (基本的人権の享有 侵すことのできない権利を規定)
 
48条 凡ソ日本国民ハ日本全国ニ於テ同一ノ法典ヲ準用シ同一ノ保護ヲ受ク可シ地方及門閥若シクハ一人一族ニ与フルノ特権アルコトナシ (法の下の平等を規定)
 
76条 子弟ノ教育ニ於テ其学科及教授ハ自由ナルモノトス然レドモ子弟小学ノ教育ハ父兄タル者ノ免ル可ラサル責任トス(教育の自由 子弟へ教育を受けさせる義務を規定)
 
77条 府県令ハ特別国法ヲ以テ其綱領ヲ制定セラル可シ府県ノ自治ハ各地ノ風俗習慣例ニ因ルモノナルカ故ニ必ラス之ニ干渉妨害ス可ラス其権域ハ国会ト雖モ之ヲ侵ス可ラサルモノトス (地方自治の規定)
 
86条 民撰議院ハ行政官ヨリ出セル起議ヲ討論シ又国帝ノ起議ヲ改竄スルノ権ヲ有ス (議会の役割 天皇の発議でも変えてよいとする、国民主権の立場)
 
194条 国事犯ノ為ニ死刑ヲ宣告ス可カラス又其罪ノ事実ハ陪審官之ヲ定ム可シ  (国事犯=思想や信条を罪とする政治犯を死刑にしてはならない 

 安倍晋三首相を先頭とした改憲派が最大の論拠にしているのが、「押しつけ憲法」論ですが、 押し付けどころか、日本国憲法の基本的人権の規定などの源流は、明治期の自由民権運動の中にこそあったのです。千葉卓三郎の五日市憲法草案は世に知られてはいませんでしたが、同時期に民権運動で作られていた民間草案を研究していた鈴木安蔵らの「憲法研究会」がまとめた「憲法草案要綱」がGHQの草案の下地になっていたことが明らかになっています。明治期の人々が描いた理想が、今の日本国憲法の中に生きているのです。
 押し付け憲法論に対しては、「第9条」の提案が幣原喜重郎首相によるものであったことも最近明らかになりました。

 安倍首相を先頭にした改憲の策動を許さない運動をさらに大きく!との思いを深くしました。

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