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2018年11月 6日 (火)

福島被災地視察研修ツアーに参加して ① ~「異質の災害」を目の当たりに

 11月1日~2日、盛岡医療生活協同組合が企画した「福島原発被災地研修・視察ツアー」に参加し、初めて原発事故の被災地を見学し、また、お二人(福島原発避難者訴訟団長の早川篤雄さん、浜通り医療生協前理事長 いわき訴訟団長の伊藤達也さん)のお話をお聞きしてきました。

「異質の災害」を目の当たりに
~荒れた農地、残された牛、タイムスリップした中学区体育館

★フレコンバックの山々 
 
 朝7時半に出発したバスは、東北自動車道から仙台東道路を経て常磐自動車道を南進し、やがて福島県入り。原発事故の二葉郡に近づくにつれて、シートで覆われた大量の汚染度の詰まったフレコンバックが目に入ってきました。
Dsc014511_2
 常磐道の四倉パーキングで合流し、現地のガイド役を務めていただいた浜通り医療生協の専務理事のお話では、フレコンが中から成長した植物などで破損し、汚染土のほこりなどの飛散を防ぐための覆いだということでした。
フレコンバックの汚染土は、各地域に設置された焼却施設で焼却処理を行い、減量の上放射線物質の含有8000Bq/㎏以下のものは「公共事業の盛り土などに限定して」再利用するという、バラマキをしようとしているということです。それにしても、いつまでかかるのか、果たしてその処理方法で問題がないのか、といくつかの??が付くものです。

★7年8カ月経った現実~異質な原発災害を告発する数々 
 浜通り医療生協専務理事のガイドで、原発事故後7年8カ月を経た被災地~楢葉町から、富岡町、福島第一原発立地町の大熊町、双葉町、浪江町を視察しました。
 原発事故によって避難指示が出されていた周辺の12市町村のうち、3市町では解除され、残った9町村でも「解除準備」「居住制限」「帰還困難」に分けられています。(下図 クリックすると大きくなります)
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 視察した楢葉町は「解除」、それ以外は3種類が混在しているという状況で、その制限により視察は主にバスの車窓からではありましたが、そこで見たものは、原発事故の悲惨さであり、他の自然災害や事故にはない、「異質の被害」の現実でした。

▼カウンターの警告音 バスに積まれた放射線のカウンターは、最初は「ピッ・ピッ・ピッ」となっていましたが、事故現場に近づくにつれてその間隔が短くなり、双葉町では、ほとんど間隔のない「ピピピピピ・・・」と明らかに線量が高いことを知らせていました。

▼道を挟んで「帰還困難」と「避難指示解除」 富岡町では道路一本を挟んで「解除」と「制限」に分けられている、その道路を進みました。
 右に見える「制限」地域は、農地は荒れ放題で、まさに原野化した姿が目に入りました。
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 その地区にあった「牧場」(写真下のバリケードの右後方に観る林の先)では、木々の間から野生化した何頭かの牛を見ることができました。
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 事故後そのまま放置された牛が、どのようにして生きてきたのか。牛の生命力に対する思いとともに、それを放棄せざるを得なかった農家の無念さを感じました。
 一方、左側の「除染済み」の農地。
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 畔の高さと田んぼの表面の段差が、普段見ている田んぼとは明らかに違う深さで、表土をはぎ取った姿がくっきりとみてとれました。
 「制限区域」では、各家の前にバリケードが置かれ、自宅にさえ入ることを拒否されている姿がありました。
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 しかし、解除された片方の地区にどれだけ人が戻っているのか。気配はまばら、ロープの張られた「空き家」も。
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 住む人のいなくなった家が泣いている。

▼タイムスリップした中学校体育館、家電量販店 富岡町で、バスからおりて見学したのは旧富岡第2中学校でした。
 

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 校門から入ると、ススキが生え、一見して「廃校」となったことがが分かるところです。入り口からガラス越しに見える体育館の中は「第64回卒業証書授与式」の看板が掲げられていました。
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 一時期「避難所」になった、そのままの姿をしていました。まさに「タイムスリップ」した状況でした。
 また、避難区域には様々な建物が残されていますが、ガイドのかたが「もっとも悲惨だったのではないか」と紹介したのが、家電量販店の「ケーズデンキ」の建物でした。
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 震災直前に完成し、4月のオープンを待つというときに発生した原発事故で、放棄せざるを得なかったのです。まだ真新しさを感じさせる建物が「アレッ みんなどうしたの? どうして僕を使わないの??」とでも不思議がっているかのようにさえ見えました。

 岩手・宮城の被災地においても「復興道半ば」という現状ですが、福島は、地震・津波の被害に加え、原発事故が重なり、まさに「異質」の災害となっているのです。
 今回、その現地で、被害の一端を目の当たりにして現実を知り、「フクシマを忘れるな!」「ノー モア フクシマ」の思いを強くしてきました。(つづく)

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