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2020年3月 5日 (木)

闘病記③~ドナルド・キーンの「石川啄木」

 手術後の傷の痛みが癒え始めて、本にも目をやった。最初に読んだのは「過労死落語を知っていますか」、ビーコン(児童福祉法改正による 子ども家庭総合支援拠点に関する論文 他)、議会と自治体2月号(都市再開発に関する諸論文、公営住宅の連帯保証人か関する議員相談室の回答 他)、しんぶん「赤旗」の切り抜き(20年度政府予算の解説など)である。

 Dsc_56681 そして挑戦したのがドナルド・キーン(角地幸男訳)の「石川啄木」である。
この本をいつ購入したかは記憶にないが、2016年9月の5刷版であるから、少なくともそれ以降である。何かの会合に行くために、大通りに出て、時間があるからと立ち寄った書店で購入したことは覚えている。読み始めたものの、途中になったまま本棚に眠っていた。

 今回入院する際に、持ち込もうかと少し思ったが荷物も多いことから、分厚いこの本は遠慮した。術後の8日、次男が見舞いに来てくれたことから、別の、仕事関係の書類とともに自宅から持ってきてもらった。
 そのような中で、11日から、この石川啄木を読み始めたが、12日の昼までに一気に読むことができた。

この本は、啄木の日記と関係者の著述などを基に、丁寧にその「一生」をたどっている。

これまで、啄木については少なからず関心と興味を抱いていたし、いくつかの本も読んだ。

石をもて 追はるるごとく ふるさとをい出しかなしみ 消ゆる時なし

啄木が、ふるさと渋民を出てからたどった函館、小樽、釧路でそれぞれ、啄木ゆかりの地を訪れたこともある(終焉の地文京区にはまだ行っていないが・・)。そして、それぞれの地で啄木について学び、感じるものがあった。
 今回のこの本では、それぞれの思いが、点から線になり、啄木の一生をたどることを通じて、より深められたように思う。

 なぜ、函館には啄木の墓があるのか、函館市立文学館の啄木コーナーがこれほどまでに充実したものなのかが、宮崎郁雨との深い、深い関係のことも含めて知ることができた。
死後焼却せよとの啄木の遺志に反して、日記(ローマ字日記を含めて)、啄木の遺稿を保存した私立函館図書館主事の岡田健蔵氏の先見の明があったことなどを知ることができた。
 今回、盛岡市と函館市の教育委員会が「友好交流に関する覚書」を締結した(2月15日に調印式)。その意味でも、この本を読むことができたことは大変タイムリーだった。

 釧路から東京に出てからの啄木については多くのことを知った。金田一京介博士とのこと、与謝野鉄幹・晶子夫妻、「明星」とのかかわり、森鴎外、北原白秋、その他の当代きっての文士との交流、ローマ字日記のことなどについて。

それにしても、啄木の「天才」ぶりは驚くばかりだ。作者も語っているが、啄木の豊かな語彙、漢字能力、語学力・知識はどのように身についたのか、記録がないということだ。26歳で亡くなるまで、函館、小樽、釧路で、そのわずかな滞在期間でありながら、その地に小さくない足跡を残し、その地に数々の記念碑が残されている。東京に出て、東京毎日新聞のエッセイ、東京朝日新聞の「朝日歌壇」の選者として等の短歌選者として名を成している。

 今回通読して、本郷新の啄木像についても思い出された。
10年前、札幌市を訪れた際に本郷新記念 札幌彫刻美術館に立ち寄ったが、そこには函館の大森浜の啄木像、釧路の港文館(啄木が働いた釧路新聞社屋の復元)の像の石膏像があった。

二つの啄木像~「物思いにふけった坐像の啄木」(函館)と「肩をいからし、腕を組み憮然とした表情をしている立像」(釧路)~について、美術館のHPでは次のように紹介している。「函館の啄木を坐像にした本郷は、肩をいからし、腕を組み憮然とした表情をしている立像をつくりたいと1964(昭和39)年頃書いています。それには、『私の中の啄木像は、こういう像(立像)をつくらないと、おしまいにならないのである』と結んでいます。本郷のもうひとつの夢は、1972(昭和47)年啄木ゆかりの釧路で実現しました」(函館の啄木像について)「22歳の啄木には、絣の着物に袴、素足に下駄履き、手に詩集を持たせ、低い石に腰をおろさせ物思いに耽ったたたずまいをしています。本郷の全ての思いが、この姿に凝縮しています」と。
本郷新が2つの像に込めた「啄木像」。そこにある啄木の苦闘と「成長」(?と言っていいのか。うまい表現がみつからない)についても、この本で深く納得することができたように思う。

18歳の時、盛岡に来て最初に買った本が、文庫本の「啄木歌集」だった。確か、東山堂書店だったと思う。歌集をめくっていて目についたのが次の歌だった。

こころよき 疲れなるかな 息もつかず 仕事をしたる後のこの疲れ 

朝日新聞時代のこの歌について、当時その背景については知る由もない。が、中学生の頃の自分記憶と重なる思いがした。秋の日曜日、級友たちがサイクリングに行く中、家の農作業(稲刈り作業)の手伝いをしたときのことだ。稲の穂先に刺激され、汗にまみれてチクチクした肌の感覚のなか、いやいや始めた作業がいつしか仕事に没頭でき、終わってみるとそのチクチクが実に爽快な思いに変わったことがあった。
ここちよき・・・の歌を読んだ時に、そのことが思い出され、共感を覚えて買い求めたのであった。高校まで、いや、その後も含めて、文学とか、詩歌などの素養皆無の自分にも、十分に共感を覚えさせたのだった。

1974年の正月にも手術・入院をした。その時に読んだのも石川啄木に関する本だったように記憶している。(碓田のぼるの『石川啄木』だったのではなかったか)。

今回の入院で、この本を読むことができたことは、とてもよかった。改めて、啄木について学んでみたい。そんな気にさせてくれた。

 

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